| ■指輪雑記色々(ネタバレあったりします) | ここはホントの雑記を。 思いついたこととかをつらつら書いてゆく予定。
昨日、巡回していた指輪ファンサイトさんで、「王の帰還」の意味が私が思っていたのとちょっと違っていたらしいことを知りました。 ここでいう王とは、「指輪王」のことであって、それは例えばフロドだったり、エルロンドだったり、ガラドリエルだったり、要するに指輪所持者達が還っていく、そういう意味なんだそうですよ。 (確か、そういうような意味のことを書いておられたはず) そういわれてみればそうなのか、と。 ここでいう「王」が単純にアラゴルンのことを示しているなら、物語はアラゴルンがゴンドールに王として還った時点で完了していてもおかしくないわけで。 私は「王の帰還」というのは、アラゴルンが王としてゴンドールに還る、また、ペレンノールに参戦したセオデン王が死した後にローハンへ還る、エオメルが後を嗣いで王としてローハンに還る、そういう意味なのかなあ、なんて思っていたんですが、指輪王かあ、なるほどなあ、、と。 指輪物語というのは、それぞれの登場人物の人生が複雑に絡まった物語でもあって、あの話だけではそれにEndをつけられなかった。 だから追補編という形で、それぞれの登場人物達のその一生が描かれていったんだろうと思います。 誰かが生まれてから地に還るまでの、その一生を、生と死と、その両面からトールキン教授は描きたかったのだろうと。 生きることも死ぬことも、全ては一つなんだと。 その人の一生においては、その人自身が「王」なんだと。 だから「王の帰還」なんだろうなあ、なんて。 要するに「時至りて全ては在るべきところに還りゆく」なわけですね。 「The Riturn of the King」っていう、実に単純な言葉だけど、思えば深い意味を持つ言葉だったんだなあと。 長い年月をかけて書かれた物語のことだけありますね。
ただ、赤表紙本を書き綴ったフロドにとっての王の帰還は、やはり馳夫さんの王としてのゴンドール帰還だったのかもしれないですが。 彼は自分のことを「指輪王」だなんて言って欲しくなかったでしょうから。 あの旅が終わった後、ホビットなのにホビットではなくなってしまっていたフロドの姿を思えば尚更で。。
まあ、それはそれとして、未だによく分からないのがFotRでボロミアがどうしてアラゴルンを「My King」と呼んだか、なんですよ。 「ゴンドールに王は必要ない」とまで言い切っていた彼が、今際の際で「我が王よ」と言えるだけのことを果たしてアラゴルンはボロミアに見せていたっけか、と。 その辺がどうも何度もDVDを見返すたびにあやふやになってくようでして。 1000年もの間、空席だったゴンドールの王の座。 モルドールからの攻撃にさらされて疲弊しきった国を、何時か癒しの手の持ち主たる王が救いに戻ると、ボロミアも心のどこかで望み、信じていたんでしょうか。 そうと考えなければ、ボロミアのあの台詞は意味をなさないなあ。 「必要ない」けれど「望んで」いたのか。 本来、TTTのSEEにあった執政兄弟とデネソールのやり取りは、FotRのエルロンドの会議で出るべきものだったんだろうなあ。 そして、指輪を巡るボロミアの旅も原作通りのものであれば、ファラミアの描き方はもっと原作に近くなったのかも、デネソール、ボロミア、ファラミア、この3人をあまりにも人間でいさせようとしたところが、物語のちぐはぐさを生んでしまったのかなあ、、なんて、思ってみたり。 原作通りの映画を作るなんて、恐らく永遠に無理な話だろうとは思うけれど。 でもね。
Pirates of the Caribbeanのサントラを聞きながらFotRの日めくりだの公式ガイドブックだの公式メイキングブックを見ていたら、丁度15曲目のHe's A Pirrateに。 そしたらば、こんな光景が浮かんできましたよ。 海を滑るように走る帆船、舳先にはガラドリエルの玻璃瓶を持つフロドの姿。 そのまま海面に移り、やがて海を背に歩き出すサムとメリーとピピンの姿。 ぐっとサムの顔がアップになったところで場面はローハンへ。 緑の草原で馬を駆るエオメルとローハン騎馬軍団。 エオメルのアップから騎馬軍団の疾走シーンがしばし続き、次に視線はぐっと空にあがり草原と連なる山々を写しつつ移動。 やがてミナス・ティリスで佇むアラゴルンとアルウェンの姿が。 二人のにこやかな表情から次はファラミアとエオウィンの姿に。 また視線は一転して空に上がり、ファンゴルンの森に近づいていくと、旅をするレゴラスとギムリの姿。 二人は何かに気づいて空を見上げる。 青い空にはグワイヒアの力強い姿。 そのまま視線はまた青い空に。 そしていつかまた帆船に戻りフロドの顔のアップ。 少し視線が引くと、フロドの横にビルボとガンダルフ、ガラドリエル、エルロンド。 と、いうところで曲が終わってしまいました。 カリブの海賊の音楽って、どこかケルト風なところがあるので指輪のBGMでもあんまり違和感ない曲があったりするんですよね。 と思うのは私だけかいな?
指輪語りを色々と、心赴くままに。 途中です。 原作だと、暗い時代にも関わらず、誰もがどこかに希望を見いだして前に進んでいるように思えるけれど、映画にはあんまりそれが感じられなかったような気が。 って、今朝、出勤前に二つの塔の「ローハンの騎士たち」を読んでいて思ったのですよ。 映画だとアラゴルンとエオメルの邂逅では
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